コリアニュース №733(2018.5.7)
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労働新聞論評:「日本は旅支度の前に心から改めるべきである」

労働新聞は6日、日本に対して「旅支度の前に心から改めるべきである」というタイトルで以下のような個人名義の論評を掲載した。 「日本が蚊帳の外に置かれた」。最近、日本の政界とマスコミからこんな言葉がよく聞こえてくる。

蚊帳の外にいれば蚊に噛まれて日本脳炎のようなひどい病気にかかりやすい。

このことから日本の人々は、外部から無視されてないがしろにされたときに、「蚊帳の外いる」という例えを使う。

今、日本の巷ではこの言葉が朝鮮半島情勢の流れから逸脱している「日本疎外」を指す言葉としてよく使われている。

4月27日に歴史的な板門店宣言が春の嵐のように発表された後、日本で「蚊帳」という言葉が一層不安な口調で語られている。

世界的な関心事である朝鮮半島問題において隣国の日本がパッシングされているとの批評が殺到するや、安倍が再び「日本が蚊帳の外に置かれることはない」と言い張ったと産経新聞をはじめとする日本のマスコミが報道した。

事実、現在の日本の一人ぼっちの身の上は、実に哀れであると言わざるを得ない。

朝鮮半島と地域の運命を議論する席に、影も形もないのが日本である。

アジア太平洋地域の情勢を扱う場に、誰も日本を招こうともしないし、日本が座る席を用意する必要はさらに感じていない。 板門店会談の成果を祝う夕食会のテーブルに独島が含まれた朝鮮半島が描かれたデザートがふるまわれたことについて、河野外相が「非常に不必要なもの」と文句をつけたことに対し、外信が招待されなかった不快感を表わしたものと揶揄したのは偶然ではない。今は主人である米国ですら、うるさく付きまとうなと腹を立てている状況である。

このように、国際政治の波は、日本という国を見向きもせず遠くで流れている。日本がここにいるといくら叫んでも、波打つ大勢の荒波にいる蚊の声のようにのみ込まれてしまう。北東アジアに日本という国があるのかどうか、世界は関心すら示さない。

ここまで来ると、日本はツベコベ言わず、みずからが何故仲間外れにされ「日本疎外」、すなわち「ジャパン」の後に「パッシング」という尾びれがついてくるのか、じっくり考えるべきである。そうすれば、誰かが自分たちを締め出したのではなく、自らがそのような扱いを求めていることにすぐに気づくであろう。

全世界が朝鮮半島の平和と繁栄の新時代を開いた歴史的な北南首脳会談と板門店宣言を積極的に支持・歓迎している今日においても、日本はどのように行動しているのか。

日本の安倍首相は板門店宣言が発表されるや、しぶしぶ歓迎するとしながらも「北朝鮮が対話の場に出てきたのは、強力な対北圧力を主張してきた米国と日本の役割によるものである」、「日本が国際社会をけん引してきた成果である」と、とんでもないことを言って世界を唖然とさせた。

新年に入って、われわれの破格な措置が相次ぐ中で、北南対話の雰囲気が急流のごとく醸成されるや、顔色を真っ青にしながらあたふたと平昌に駆けつけ、「北朝鮮の微笑み外交に騙されてはならない」と甲高い声を上げ、祝いの席に灰をまいて叱責を受け、すっかり落胆し追い出された事実をすでにすっかり忘れたようだ。

イタチにも面の皮あるといが、いくら邪悪な一族であっても、わが民族同士の果実をみずからの「功労」として横取りする、そのような厚かましさがどこにあろうか。

もっとも、カメレオンのようによこしまな日本特有の変身術はあまりに有名である。

昨年は東京のど真ん中に、今にもミサイルが飛んできて爆発するかのように「北朝鮮の脅威」を騒がしく唱え、軍国主義の狂風を起こして危機を免れたが、情勢が急変し朝鮮半島で平和の薫風が吹くやいなや、「平和の使徒」に化けて平壌行きに無賃乗車しようとしている。 部下らも門前払いを受ける動きを見せている。河野外相をはじめとする手下の閣僚たちは、北朝鮮が非核化と関連した具体的な行動をとるまで制裁と圧力を継続すべきとの方針に変わりはないとし、対朝鮮敵視政策に固執している。 読売新聞や日本経済新聞など日本のマスコミや専門家という連中も、歴史的な板門店宣言について小童のように騒いでいる。 「北南首脳会談は朝米会談への扉を開く前座にすぎない」、「北朝鮮の戦略は米国との直接会談を通じて時間をかけながら、経済制裁の緩和と体制保証の約束を取ることだ」、「板門店宣言に日本が要求する非核化のための具体的な方法が見当たらない」、「今回の会談で拉致問題が議論されたかどうか明らかになっていない」などと勝手なことを言っている。

果ては、われわれが日本との関係改善で何かを得たり、日本を通じて制裁網を崩壊させようとしているだのというデマまで流布している。

また、「北朝鮮が経済建設に総力を集中するには、日本の補償と経済支援が必要」、「日本から巨額な金を得て経済再建の起爆剤にしようとしている」などと、金しか知らないエコノミック・アニマルの低劣さを余すところなく露わにしている。

日本列島で演出されているすべての醜い行為は、他人が良くなることを妬む島国族の体質化した意地汚い心の奥底と気質をそのまま示している。

解放前にはわが国を強奪して腹を肥やし、解放後には朝鮮の分裂と不幸からみずからの利益をかすみ取り、朝鮮戦争では大金を得て豊かになった日本は、北と南が手を結び自主的に進みはじめるやいなや、慌てふためくようになった。

ましてや、狂ったように疾走してきた軍国主義の馬車が、朝鮮半島情勢の緩和によりブレーキをかけられたので、日本の反動層がヒステリーを起こすのも分かる。

しかし明らかなことは、世界は変わったし、それに合わせて日本の生存方式も変わらなければならなくなったということである。

過去のように対朝鮮敵視策動に生きる道を求め、時代錯誤的に妄動していては、世界の人々の嘲笑の的になるだけである。今、目ざとい日本の政治家たちが、朝・日関係に活路を見出そうと、その隙間をのぞき込み色々と思案しているのは、まさにこのためである。

問題は本当に心を入れ替え、関係を改善しようという立場なのかどうかということである。

しかし、今の日本の行動には、こまごましたことを言うだけで、時代の流れにすんなり飛び乗ろうとする姿勢は見えない。

実際に今の日本は、朝米対話の結果を見たうえで馬の尾っぽにくっついて川を渡ろうと目ざとく打算をしている。しかし、そのうち、己の策におぼれることになるだろう。心すべきは、運命の分かれ道で、今のように「制裁」だの「圧力」だのと陳腐な言葉を唱え憎らしく振舞っていては、いつになっても仲間外れの身の上から免れられないということである。 棘のある手を誰が握るだろうか。

朝鮮には「憎らしい者にはもう一つ餅をくれてやる」という諺があるが、日本にだけは該当しない。

敷居が山より高いことを知るべきである。

米国に頼み込み、周辺大国に乞い、南朝鮮当局に取り入ってまでも、平壌の敷居をまたごうと権謀術策をめぐらしてはいるが、その意地汚い性根と悪癖を捨てない限り、一億年が過ぎてもわれわれの神聖な地を踏むことはできないであろう。

日本は旅支度をする前に、心から改めるべきである。(了)

●「朝鮮中央通信社」(日本語) http://www.kcna.kp/goHome.do?lang=jp

●エルファテレビ  http://www.elufa-tv.net/


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